諦観

 人間は弱者を虐げて自尊心を保つ生き物であると痛感させられる。そいつは怒号と暴力によって作られた金槌を振るい、我々の頭を幾度となく殴り続ける。そいつはただ、自らの被害妄想による不安を取り除くための道具として我々を取り扱うばかりだ。我々道具が道具としての役目を終えるのは、取り扱う者、つまりそいつが死ぬときでしかない。

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