花摘み

 以下の文章は、全て過去の下書きやメモ書きからの抜粋です。全く関係の無い事柄について記しているので、脈絡はありません。あまりはっきりと覚えていないものが多いですが、最も古いものが一年半前、新しいものが数ヶ月程前のものだと思います。これからは、こういった形での公開が増えるかもしれません。ちなみに、この風変わりなタイトルは、英語 anthology の語源として、「花摘み」を意味する古代ギリシア語の ἀνθολογία に由来します。

 

 小学生の頃を振り返ってみると、既にそこに上下関係は存在している。言うまでもなく、先生と生徒という関係、上級生と下級生という関係。しかし、本来なら同等であるクラスメイトとの間にも上下関係は確かに存在した。誰を基準とするわけでもなく、「強い者」と「弱い者」が現れ、歳を取るにつれてその差は歴然となっていった。
 だが、白があるから黒が目立ち、黒があるから白が目立つのであり、互いが存在するからこそ、誰かが強者になり、弱者になりうるのだ。また、その「強さ」も「弱さ」も至って脆弱なものであって、いとも容易くひっくり返されてしまう。

 

 高校受験に失敗した。憧れの制服に身を包み、勉強はそこそこに、部活で切磋琢磨し、放課後には友人らと他愛のない話で盛り上がる。盲目な中学三年生はこんな高校生活を望んだ。しかし、私が進学したのは所謂「滑り止め」だった。制服は野暮ったく、自分が夢中になれるような部活もなく、放課後は補講または帰宅。そして何より苦痛だったのが勉強面だ。大して偏差値が高いわけでも、大学の合格実績が目覚ましいわけでもないのに、平日は七時間授業、場合によっては八時間授業の日もあった。私立なので当たり前ではあるが、公立の高校生が好き勝手に過ごしている土曜日さえ、昼まで授業が行われた。誰かがそこを「牢獄」と呼んだが、これほど形容するのに相応しい言葉は今のところ見つかっていない。そんな「牢獄」に三年間収監されることになった私は、入学式でその現実が現実であることを突き付けられた。式後、家族が記念として私の写真を撮りたがったが、当時の私にとってそれは、この高校で三年間過ごすという覚悟を決めるようで、とても屈辱的だった。結局、両親に諭されて撮った写真には、この上なく不貞腐れた顔が写っている。

 

 私は、人間の感情の中で最も美しいのは悲しみであり、幸せや喜びなどといった人間に生命を与える感情は、悲しみやその他の七面倒くさい負の感情から生まれると考えている。これまでの約20年間をその思想のもとに生きてきたし、これからもそうして生きていくだろう。高校生になった頃からその依怙はより一層酷くなり、世間一般の「幸せ」を「幸せ」として受け入れられなくなっていた。「幸せ」はどこでそれが終わってしまうかわからないし、まるで奈落への落とし穴がそこらに仕掛けてあるようで、不幸であることよりも余程恐ろしく思えた。人間は、悲しみに塗れ、陰鬱で、今にも闇に溶け込んでしまいそうな存在であるべきだと信じて疑わなかった。しかし、鏡越しに見た自分の姿は、そんな理想像とは程遠い姿をしていた。思い返すと、賑やかな場所で一人食事をするときも、受験勉強に明け暮れるときも、他人に自分の価値観が受け入れられないときも、「それ」が現実となってしまうときも、いつも心のどこかで光を求め続けていた。結局、私もただの人間なのだ。

 

 何度か小突かれたり、明らかにわざと足を踏まれたり、嫌味を言われた気もするが、如何せん記憶が曖昧なので断言はできない。ただ、よくわからない機械が喧しく泣き喚くのをBGMに、ひたすら同じことを繰り返し続けたということは確かだ。考え事が好きな私は、並行していろんなことを頭の中に巡らせた。そうしているうちに、自分が製造しているものは食品なんかではなく、実は小さな世界であって、私はそこに大地に雪を降らせたり、木を植えたり、花を咲かせたりしているのではないかと思うようになってきた。今思い返すと、あれは単なる考え事ではなく、逃避だったのかもしれない。

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