過程

ㅤ忘れてしまいたい過去のない人間がこの世にあるものだろうか。今までたった20年にも満たない間を生きてきたが、それでも私には忘れてしまいたいことがたくさんある。つい、私がこんなに陰鬱なのも、こんなに人と話すのが苦手なのも、全部過去のせいにしまう。それは半分事実ではあるが、全ての責任を「過去」に負わせるのは荒唐無稽ではないかと我ながら感じた。

ㅤ確かに、嫌な経験から生じたトラウマなるものがなければ、私はもっと明るくて、コミュニケーション能力の高い人間になっていたかもしれない。というより、なっていたと思う。私は今でも周囲に馴染めるほど明るく振る舞えるようになりたいと思うことは多々あるのだが、もし私が明るくて気さくな模範的女子高生なら、きっと「今」の私の友人とは分かり合うこともできなかっただろうし、こんな性格だからこそ噛み締めることのできる些細な幸せや有難味を感じることもなかっただろう。

ㅤ今まで生きてきて、後悔をしたことなんて数え切れないほどあるのだが、たまにふと思うのである。人生に「失敗」など有り得ないのではないかと。「失敗」してしまったのなら「失敗」してしまったなりの喜び、怒り、哀しみ、楽しみを得ることができる。「失敗」から生じるのは損害だけではない。結果的に「失敗」は「躓き」であったとしても「転倒」ではないのだ。

ㅤ私は今まで生きてきた中で嫌なこともそれなりに経験してきたし、世間一般からすれば人より良い人生とは言えないのかもしれないが、私にとっては、どんなことも含めて最初で最後の最高な人生である。もし過去の選択が一つでもずれていたら、今の友人とは出会えていなかったかもしれないし、好きな人だって全く違っていたかもしれないし、あるいは、既に死んでいたかもしれない。幸せだろうが辛かろうが、少なくとも現在の技術ではタイムリープは不可能なので、とりあえずこの瞬間をしっかり踏みしめて生きていこうと思う。

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