屁理屈

ㅤ夏の気怠い暑さと、紙が彼方此方に散らばった四畳半は、私を憂鬱な気分にさせるにはもってこいのロケーションである。「受験生」として過ごす夏は二回目だが(一回目は高校入試を控えた中学三年生の頃)、何を隠そう、私は人生で一度も勉強に関して努力したことがなかった。中学三年生の頃も、恥ずかしながらほとんど勉強した記憶はなく、本を読んだり、Twitterばかりしていて、惰性にまみれながらも高校入試をクリアした(尤も、公立高校は不合格だったが)。そんな私でさえ、流石に、大学入試に失敗すると人生が自動的にスポイルされるという事実ぐらい理解しており、人並みではあるが勉強をするようになった。皆さんは「受験生なんだから勉強するのは当然でしょ」と思うだろうが、私自身にとっては大きな成長である。
ㅤしかし、そんな「成長」が、要らない悩みの種を運んできやがった。勉強していないときに、途轍もない不安感に襲われることが増えたのである。気の置けない人たちと談笑していても、好きな本を読み返していても、楽器を弄っているときも、常に「勉強」という言葉が脳内に現れては、私の安らぎをぐちゃぐちゃに掻き乱していく。「受験生に真の安らぎはない」といつも自らに言い聞かせているものの、一向に学習できる気配はない。やはり、私は馬鹿だ。だが、私は勉強が嫌いなのではない。むしろ、好きなほうだと自負しているが、どうも「受験のため」の勉強は好きになれない。中学や高校で習う事柄はどうしても「受験のため」のものだと感じてしまい、勉強を勝手に義務化してしまうからだ。だからと言って、勉強しないわけにもいかず、これからも机と睨み合いをする羽目になるのは目に見えている。
ㅤこんな文章を執筆している間に、英単語を何個覚えることが可能だろうか。きっとゼロである。今、私に英単語を覚える気はないからだ。

ㅤ文字数が限られ、どうしてもフォロワーの目を気にする必要があるのが、Twitterの弱みだと痛感していました。それとは違う形式で言葉を綴りたいと思い、はてなブログを始めた次第です。拙い文章ですが、どうぞよろしくお願いします。
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