呵呵

 蠟がぽたぽたと濡れそぼる。それは、夕立が雨粒を落としていくのと同じくらいの速さで、考え事なんてしようものなら、あっという間にそこらじゅうが蠟まみれだ。人々はそれを嫌がり、蠟燭立てをこしらえたり、地面に落ちて固まった蠟をへらで削り取ったりする。一方、私は背中を丸めて彼らを眺めるだけで、何もせず、何も考えず、ただ時間が過ぎ去るのを待っていた。そして、はっと気がつくと身動きが取れなくなっていた。くるぶしからすねへ、すねからひざへ、ひざからももへと、蠟はじわじわと身体を侵食していたのだ。何もできなかったし、何をしようともしなかった。彼らは、蠟人形になった私を一瞥した。「馬鹿だなあ」と愚弄するかのような目つきの者、「かわいそうに」と同情のまなざしを送る者。あまりにも多くの目玉が一斉にこちらを向くものだから、私はついに恐ろしくなって瞼を閉じようと試みたものの、よく考えると蠟人形はまばたきも呼吸もしないので、やめた。人間として無意識、あるいは当たり前に行っていたことが起こらない、もしくはできない、する必要がないのなら、食事や睡眠も必要ないのだろうか。その通りだとしたら、これは全く憂慮すべき事態ではない。浮いた食事代で洋服や本を購入できるし、寝ずに好きなだけ本を読んだり音楽を聴いたりできるし、むしろ人間だった頃よりも生産的ではないだろうか。私はこの異常な状況の下にも、どこか冷静な自分の存在を確かに感じていた。それから、自分が蠟人形になってしまったことが、可笑しくて仕方なくなってきた。蠟で固まったぼこぼこの四肢を眺めて、私はげらげらと腹を抱えて笑った。一年間ほど笑い続けたかもしれない。

 部屋で一人、日付も曜日も時刻も全く見当がつかない。ドアも窓も全て締め切られ、空気は澱み、間接照明の頼りない灯りが私を困惑させる。衝動的にソーシャル・ネットワーキング・サービスのアカウントを削除した。自分以外の全ての人間が死んだ。それは、酸鼻を極めた九月のことだった。

広告を非表示にする

宿世

 目を閉じ、息を止め、全部が嘘であってくれと本気で願った。水中は異様なほど静まり返っていた。給湯器が忙しく働く音と、自分の心臓の音だけが生々しく響く。この行為がどれほど馬鹿馬鹿しいかなんて、自分が一番よくわかっていた。その証拠に、次の瞬間に私は顔を上げて大きく息を吸い込んでいた。失った酸素を取り戻すのはいとも簡単だ。私は死ななかったし、死ねなかった。過去が変わることもなかったし、過去を変えることもできなかった。ただ、突き付けられた現実を受け入れることができなくて、全てを投げ出したいと願っていたことは確かだ。

 今日、このことをふと思い出した。別に最近の出来事ではない。しかし、人生でこれほど凄惨な日々は、恐らく二度と訪れないと思う。実は今こうしてる間に、ある一枚のアルバムを流している。私は具体的なアーティストやアルバムの名前を挙げることがあまり好きではないので、日本語で「天空」を意味する単語が表題として付けられているものとだけ明記しておく。とにかく、このアルバムがその名の通りとても美しい作品だということさえわかってもらえればよい。私は、その何よりも美しい音の連なりを聴いているだけで、そして、音楽を「美しい」と感じられるだけで、あの頃よりかは幾分も幸せだと自動的に確認することができるのだ。これは、人間が自分よりも劣っている他者を見下して自己肯定感を高める行動とよく似ている。もっとも、比較対象が他者ではなく、過去の自分自身であるだけ私の方が余程人道的だとは思うが。そう考えると、あの頃の記憶も一種の「保険」として、私が自我を保ち続けるための重要な役割を果たしているわけであって、起こるべくして起こったことなのかもしれない。

 一時間と少しのアルバムが終わり、どこからか聞こえてくる虫の声以外には再び何も聞こえなくなった。知らぬ間に秋は目前だったようで、少し肌寒く感じられる程度の外気が心地よい。一か月後、半年後、一年後、何を考えて生きているのかはわからないが、きっとこれからも陰の記憶を糧にして生きていくに違いない。人々には悪趣味だと嘲笑されるかもしれないが、そうすることで自分が自分でいられるならどうだっていいし、何より他人を不必要に傷つけずに済む。そんなことよりも、いい加減眠らないと朝に追い越されてしまう。ほんのりと雨の匂いがするが、気にせず今日も窓を開けて眠ることにした。

広告を非表示にする

故障

 異常な暑さで故障してしまったのだろうか。自分の思いを言葉にすることが著しく苦手になってしまった。脳みそからは絶えず言葉が湧き出てくるというのに、それを一連のまとまった流れにするという作業ができない。実際に、ここまでのたった数行を文字にすることさえ途轍もなく困難に感じられた。

 また、最近あまり幸福を感じなくなった。特に不幸な出来事ばかり起こったわけではないし、逆に幸運が続いたわけでもない。ただ、幸福を感じる神経のようなものが麻痺しているのだと思う。ちなみに、ここで云う「幸福を感じる神経」はあくまで比喩的なものであって、実際にそんなものが存在するかなんて知ったことではない。ここで言及しておきたいのだが、人生は楽しい。幸運なことに、休暇中にもかかわらず私を食事や遊びに誘ってくれる人々がたくさんいる。尤も、「たくさん」というのは主観的な感覚であって、決して他人と比較しているわけではない。私は休日に気を遣ってまで誰かに会おうだなんて思わないし、放っておいたら何日間も自分の世界に籠っているような私を、意図的か否かは別として、外の世界に連れ出してくれる周囲の人々には本当に感謝している。しかし、一人になった途端に得たはずの幸福がわからなくなる。この感覚を具体的に表せないのが本当にもどかしいのだが、つい先ほどまでの幸福な時間が、まるで埃を被った古いアルバムの中にある色褪せた写真の中にある思い出かのように感じられて仕方ないのだ。

 奇妙な変化は一人の時間にも現れた。楽器を弾いたり、本を読んだりしていると、何故かある瞬間に全てを投げ出したという激しい衝動に駆られるせいで、長い間集中できなくなってしまった。不幸中の幸いか、音楽や絵画に触れているときはあまりこういった衝動が現れないので、休日は音楽を聴いたり、絵を見たり、体を動かしたりして過ごすようにしている。

 世間では「個性」という言葉が美徳であるかのように持ち上げられているが、私は他人と異なることの何がそんなにも嬉しいのかが理解できない。私はたった一人で異次元空間に生きたいだなんて望んだことはないし、これから望むこともきっとない。

広告を非表示にする

花摘みⅡ

  以下の文章は、全て過去の下書きやメモ書きからの抜粋です。全く関係の無い事柄について記しているので、脈絡はありません。1つ目と2つ目は二年と少し前、3つ目は二週間ほど前のものです。

 

 謂わば、この作品の主人公は悪である。幼少時代より純潔主義を強いられ育ったものの、些細なことで異常なまでの情欲を生んだ。対して、ジャックは善である。十字架を握り、死の瞬間を迎えるまで神を信仰し続けるほど敬虔かつ純粋な基督教徒だ。しかし、一概に彼らを対照的な存在として括ってしまうのは荒唐無稽ではなかろうか。彼らは思想がそれぞれ対極であるだけで、本質は非常に似ているように思える。主人公は、自らの信仰心だけを道標として拷問に耐え続けるジャックを、英雄感情や犠牲精神に酔い痴れていると嘲る。無神論者の彼にとって、神を拠り所として十字架を握る基督教徒の姿は、ひどく滑稽かつ馬鹿げて見えたに違いない。しかし、彼もまた悪に陶酔しているのである。善の行いをしようが、善の意志を抱こうが、蟻地獄のように人間は悪に堕ちてしまう。悪は決して裏切らない。そういった確信を抱き、善や正義、純潔主義を愚弄し続ける。そして、終に殉教者ジャックは基督教の禁忌を犯し、死を選んだ。と同時に、主人公の存在は全く無意味なものになったのである。主人公は予期せぬ死を嘆いた。虐げる自らの悪としての存在意義は最早ない。両者共に運命に翻弄され続ける運命を辿ったのである。
ㅤ何故、誰も救われなかったのか。それは、誰しもが、何かしら自らの思想、世界観を持っているという点にあると考える。それらはまるで、脆くて重く、各々の腕の中で輝きを放つ金剛石だ。このことは、現代、そして未来を生きる我々にも通じることがあるのではないだろうか。無残にもこの物語は無慈悲にも凄惨に幕を閉じた。神は人間を救うのか。正しいのは善なのか悪なのか。どのような主張がされようが、結局は誰にもわからないのである。何故なら、大きさは違えど、人間の数だけ異なる金剛石が存在するからである。
ㅤそして、ただ一つはっきりと言えることは、思想とそれに対する熱き信仰を生み出すのは、神でも他者でもなく、いつも我々人間自身であるということだ。文中に挙げられている純潔主義も英雄主義も犠牲精神も、それが芽生えた要因は各々にあり、それぞれが知らず知らずのうちに自らの中で発達していったのである。それと同様に、神を信仰すれば我々の心には神が棲むようになるのだ。そういった点では、神は本当に実在するのだと思う。

 

 私は宇宙人を見た。恐ろしいほど大きな雨雲が、お腹を空かせた獣のように、あんぐりと口を開けて私を待ち構えていた。それから間もなく、雨雲はざあざあと唸り声を上げて、雨粒たちを私の街に落とした。それは、まるで童話に出てくる悪い王様のように格好良くて、思わず見とれてしまった。

 

 高架駅のホームで電車を待っていた。7月も半ばに差し掛かり、生温い風が前髪をさらっていく。そういえば、最近、この線で一日に二度も人身事故が起こったらしい。私は一番前に並び、急行列車の到着を待っていた。私の後ろに行儀良く列を作る人々は、通勤か通学か、はたまたそれ以外の用事か、みな疲れきった表情をしていた。しかし、疲れきった顔をしていると言えど、画面を眺める目、ページを捲る指、気怠そうに揺らす足、確かにそこに「生」が存在している。今、私の後ろにいる人々は生きているのだ。そんな当たり前なことが、何故かとても不気味なことに思える。

広告を非表示にする

花摘み

 以下の文章は、全て過去の下書きやメモ書きからの抜粋です。全く関係の無い事柄について記しているので、脈絡はありません。あまりはっきりと覚えていないものが多いですが、最も古いものが一年半前、新しいものが数ヶ月程前のものだと思います。これからは、こういった形での公開が増えるかもしれません。ちなみに、この風変わりなタイトルは、英語 anthology の語源として、「花摘み」を意味する古代ギリシア語の ἀνθολογία に由来します。

 

 小学生の頃を振り返ってみると、既にそこに上下関係は存在している。言うまでもなく、先生と生徒という関係、上級生と下級生という関係。しかし、本来なら同等であるクラスメイトとの間にも上下関係は確かに存在した。誰を基準とするわけでもなく、「強い者」と「弱い者」が現れ、歳を取るにつれてその差は歴然となっていった。
 だが、白があるから黒が目立ち、黒があるから白が目立つのであり、互いが存在するからこそ、誰かが強者になり、弱者になりうるのだ。また、その「強さ」も「弱さ」も至って脆弱なものであって、いとも容易くひっくり返されてしまう。

 

 高校受験に失敗した。憧れの制服に身を包み、勉強はそこそこに、部活で切磋琢磨し、放課後には友人らと他愛のない話で盛り上がる。盲目な中学三年生はこんな高校生活を望んだ。しかし、私が進学したのは所謂「滑り止め」だった。制服は野暮ったく、自分が夢中になれるような部活もなく、放課後は補講または帰宅。そして何より苦痛だったのが勉強面だ。大して偏差値が高いわけでも、大学の合格実績が目覚ましいわけでもないのに、平日は七時間授業、場合によっては八時間授業の日もあった。私立なので当たり前ではあるが、公立の高校生が好き勝手に過ごしている土曜日さえ、昼まで授業が行われた。誰かがそこを「牢獄」と呼んだが、これほど形容するのに相応しい言葉は今のところ見つかっていない。そんな「牢獄」に三年間収監されることになった私は、入学式でその現実が現実であることを突き付けられた。式後、家族が記念として私の写真を撮りたがったが、当時の私にとってそれは、この高校で三年間過ごすという覚悟を決めるようで、とても屈辱的だった。結局、両親に諭されて撮った写真には、この上なく不貞腐れた顔が写っている。

 

 私は、人間の感情の中で最も美しいのは悲しみであり、幸せや喜びなどといった人間に生命を与える感情は、悲しみやその他の七面倒くさい負の感情から生まれると考えている。これまでの約20年間をその思想のもとに生きてきたし、これからもそうして生きていくだろう。高校生になった頃からその依怙はより一層酷くなり、世間一般の「幸せ」を「幸せ」として受け入れられなくなっていた。「幸せ」はどこでそれが終わってしまうかわからないし、まるで奈落への落とし穴がそこらに仕掛けてあるようで、不幸であることよりも余程恐ろしく思えた。人間は、悲しみに塗れ、陰鬱で、今にも闇に溶け込んでしまいそうな存在であるべきだと信じて疑わなかった。しかし、鏡越しに見た自分の姿は、そんな理想像とは程遠い姿をしていた。思い返すと、賑やかな場所で一人食事をするときも、受験勉強に明け暮れるときも、他人に自分の価値観が受け入れられないときも、「それ」が現実となってしまうときも、いつも心のどこかで光を求め続けていた。結局、私もただの人間なのだ。

 

 何度か小突かれたり、明らかにわざと足を踏まれたり、嫌味を言われた気もするが、如何せん記憶が曖昧なので断言はできない。ただ、よくわからない機械が喧しく泣き喚くのをBGMに、ひたすら同じことを繰り返し続けたということは確かだ。考え事が好きな私は、並行していろんなことを頭の中に巡らせた。そうしているうちに、自分が製造しているものは食品なんかではなく、実は小さな世界であって、私はそこに大地に雪を降らせたり、木を植えたり、花を咲かせたりしているのではないかと思うようになってきた。今思い返すと、あれは単なる考え事ではなく、逃避だったのかもしれない。

広告を非表示にする

薔薇

 中之島公園バラが見頃だとインターネットのサイトか何かで目にしたので、今日は花見に行こうと前々から決めていた。天気は生憎の曇天であった。しかし、一ヶ月ほど前に購入した一眼レフでの写真撮影にすっかり虜になってしまった私は、ただ撮りごたえのある被写体がそこにあるという事実さえあれば、他のことなんてどうでもよかった。ところで、自分にとって写真とは、何かを表現するための媒体にすぎないし、性能の良いカメラを買いたいとも、撮影の腕を磨きたいとも思わない。それを友人に伝えると呆れられたのを思い出した(それではどうして一眼レフを購入したのかと問われれば、iPhoneや安物のデジタルカメラでは思うような写真が撮れなかったからである)。なんだかんだ言いつつも、一眼レフを引っさげて近所以外へ出掛けるのは始めてだったので、まるで遠足に向かう幼稚園児かのような格好をして電車に乗り込んだ。

 北浜駅に到着し、地上へ上がった途端、眩しい街並みが飛び込んできた。大阪にも魅力的な街はたくさんあるが、私はここ「ナカ」が一番好きだ。「キタ」は少し気取った風情があるように思えるし、「ミナミ」はあまりにも猥雑すぎる。「ナカ」は都会的な雰囲気の中にもどこか懐かしさがあり、身の回りに自然を感じることもできる。将来、この辺りのビジネス街なんかで仕事をできたらいいなと未来に思いを馳せた。

 バラはちょうど見頃で、色とりどりの花が楽しませてくれた。なるほど、平日なのに多くの人で賑わっていることだ。案外、私とそう年齢の変わらないような若者らも多く見かけた。しかし、彼女らはバラを見物しているわけではなかった。みんな、バラを背景に写真を撮ることに夢中だった。これは自論だし、人によっては不快な気持ちになるかもしれないということを承知して読んで頂きたいのだが、バラと写真を撮る人間は引き立て役にしかならない気がする。「バラのように美しい人」などという喩えはよく耳にするが、バラほどの美しさを保有している人間なんていない。確かに、バラ園内にはそこかしこにフォトジェニックな装飾があしらわれているが、それは、バラが自分の美しさを自覚し、気高く傲慢に咲き誇っているから故に成り立っているのではないだろうか。人間はバラの美しさに便乗しているようにしか思えないし、私も彼女らの真似をしてバラと並んだ写真を撮ってみたが、自らの醜さが際立つだけだったので、すぐに削除した。

 しばらく見物し、気に入った品種のメモを取り、鳩を追いかけ、ローズソフトクリームなるものを食べたところで、日光に当たりすぎたのか目眩が酷くなってきたので、すぐに地下鉄の駅へと向かった。地下のひんやりとした空気は、がんがんと脈打つ頭を癒してくれた。せっかくバラを見物して穏やかな気持ちになれたのに、電車に乗ると、また明日からの嫌なことをあれこれ思い出してしまった。イヤホンからはスピッツの曲が流れていた。早くて30分のところを、各駅停車で1時間半かけて帰った。そんな気分だったのだ。

広告を非表示にする

伽藍堂

 自分が夜更けに涙を流す理由は焦燥であり、恐怖であり、後悔であり、不満であり、無念であり、嫌悪であり、恥であり、嫉妬であり、罪悪感であり、殺意であり、劣等感であり、恨であり、怨みであり、苦しみであり、悲しみであり、切なさであり、怒りであり、絶望であり、憎悪であった。近頃、左目の瞼が頻りに痙攣を起こす。そしてとうとう、涙が勝手に溢れてしまうようになった。人間には表面上の感情があり、例え不快だとしても笑みを浮かべることなんて容易いものである。ここで述べる「感情」とはそういった紛い物ではなく、自分が他人に干渉されることなく勝手に巡らせるものだが、それなら、自分の感情はもはや空虚しか残されていない気がする。もし、本当に空虚以外の全てが、そして空虚さえも消え失せれば、自分は一体どうなってしまうのだろうか。それを知る由はない。

広告を非表示にする